共感 VS 理解
私はあまり「共感してほしい」という感情が
ありません。
「課題解決志向」が強いのと、共感の中に
「同情や憐憫」を感じるからです。
日本人のゴシップ記事に群がる習性に
「他人の不幸を利用して、自分がまだまし」
と感じる傾向がるのも感じるし。
幼い頃に出会った心理カウンセラーの
おじさんに
「本当に大変だね かわいそうに」
みたいに言われた時の怒りが忘れられません。
「お前より絶対幸せになってやる!」
と思ったし、
「自分の両親に殺されそうなのに、
そんなのわかるのか?」
とますます他人事を安易に扱う態度に
腹立った経験があって。
そもそも、環境も感受性も違うのに、
「共感はできるのか?」
と思います。
一方理解というのは、相手の状況やその背景
を客観的に、扱うのでそれはできるの
だろうと思うのです。
そして、今となれば
「すべては自分が創っている世界」
なので、本人は困ってそうでも
「それが好き!」
というMな自分を演じているだけなので
そこも放っておくしかないのですね
「理解はしても共感はしない」
特にネガティブになっている人に
「心配」というマイナス波動を送ると
余計その人は弱ってしまいますから
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「潜在意識のパーソナルトレーナー」
酒井 理彩。です。
今日もお読み頂きありがとうございます。
そんな優しいあなたが大好きです(^0^)